僕が必ず君を守るよ

ただの関西人。

記憶の中の君は、いつも笑ってる

もう8月も終わるんだなぁ、と思いながら、ふと、あの千秋楽から一年経ったということを思い出した。
それまで、いくつもの別れを見送ってきたつもりだけど、自分がその直接的な立場になるのは、実は初めてだった。











2016年、夏の松竹座千秋楽。
私はその公演のチケットがなく、会場に入ることはできなかった。でも、諦めがつかず、会場の前まで行って、千秋楽が無事に終わるようにと願って、グッズだけ買って帰って来た。
公演終了時間に、Twitterでレポを検索していると、なぜかあの子は泣いていたという。あの子だけではなく、仲良くしてくれていた同期や後輩も、みんな。その意味が分からなかった。分からなかった、というよりは、分かりたくなかった。やっと高校生になったばかりのあの子が、まさか。きっと千秋楽に感極まっただけだ、感受性の豊かな子なんだ。自分にそう言い聞かせることで、不安になる気持ちを押し殺した。
その後、仲良しグループでテーマパークに行っていたという話も聞いたし、正直、冬の幕が開けるまでは半信半疑でいた。信じたくない気持ちが勝っていたというのが正しいのかもしれない。もしかしたら…と思いたかっただけなのかもしれない。10月の梅芸も「テストあるんだろうな」って言い聞かせた。




でも、冬の出演者が発表されても、あの子の名前はなかったし、実際に幕が開いても、私が大好きだったあの子は、そこにいなかった。あの子のいない松竹座で、今までシンメだった子たちを見ているのは、正直ちょっぴり寂しかった。「大きい会場になったら、もしかしたら…」なんて、ありもしない可能性を諦めきれずに、無駄にあの子のウチワを持って遠征してた。




高校生になって、お仕事で遠征も出来るようになって、関西以外の会場で踊るあの子の姿を見ることを、とても楽しみにしていた。実際、16歳になって、初めて20時以降のステージに出られた日も、本当にうれしかった。そのときの私は、絶好調にあの子のことが好きだったし、未来に期待もしていた。成長を楽しみにしてた。





正直に言うと、この時点まで私は、この件について泣いてない。泣いたら認めたことになる、と思っていた。だから、泣かないようにしていた。淡い希望も、捨ててなかった。
「デビューしたい」「関西のセンターになりたい」「ツアーメンバーに入りたい」そんなあの子の言葉を、応援してあげたかった。





ある日、突然あの子がTwitterを始めた。最初は「ニセモノかもしれない。イタズラ目的かも」なんて疑ったけど、どうやら本人らしかった。
私はそこで、初めて涙が出た。
私が大好きだった、松竹座の舞台で笑うあの子は、もうそこにはいないんだ。帰って来ることもないんだ。悲しいけれど、それが現実だった。




高校生になったら、晴ちゃんと一緒にツアーバックメンバーに入れてもらえるかな。横アリや、他の地方で踊ったりするのかな。たくさん、いろんなところに連れて行ってもらえると良いな。
私が勝手に思っていただけで、あの子はそんなこと考えてなかったかもしれないけど。でも、ステージで踊るあの子の笑顔はきっと嘘じゃなかったし、私はそんな彼が大好きだった。
笑いを取るのはあんまり上手じゃなかったけど、ニコニコ笑う顔がかわいくて、同期や後輩にも「かわいい」と言われてた彼。
身長だって、私が初めて彼を見たときよりも、20㎝は伸びてたはず。
突然、教科書に載っている円周率を覚えたくなるような、ちょっぴり不思議な子。
たくさん会いに行ったし、たくさんお手紙も書いた。ウチワに反応してくれたこともあった。
でも、あの子は、もうここにはいない。




あの子が選んだ道を否定するつもりも、戻って来いと言うつもりも、ましてや間違っても一般人になったあの子に近付こうなんて気もない。
これが、あの子が「選択した道」なんだと、納得してる。
あの子がオンライン上に姿を現したその日、Bio欄からあの子の名前も消した。もうひとつのアカウントのアイコンがあの子だったけど、彼の目に触れる可能性が1%でもあるなら…と、アイコンもヘッダーも変更した。
過去のものについては、彼が在籍していた時代のものとして、そのままにしてるところもある。




私が好きだった、関西ジャニーズJr.の吉野伊織くんは、もういない。
もう今は、直接何かを伝えることも、顔を見ることも出来ない。
ただひとつ、この世界の片隅でいいから、ひっそりとあなたの幸せを願わせて欲しい。
君がいつまでも幸せでありますように、と。
普通の高校生らしい青春を謳歌して欲しい。




トークが得意なわけではなかったし、コントに出してもらっても何をしていいのか分からずひとりオロオロしていたこともあったし、演出家側からするととても立ち位置に悩む子だったかもしれない。
でも、あの子のダンスが私は好きだったし、実はあの身長でアクロバットが得意で、逆立ち、バク転、バク宙、ロンダード、台宙ぐらいなら普通に出来る。
何より、あの子の立ち位置がどんなに後ろで、どんなに端っこだったとしても、私の中のセンターは、いつも伊織くんだったんだ。





あの日、「ありがとう」も「さようなら」も言わせてくれなかったことは、少し心残りだけど。
伊織くんがいた6年間は、私にとってすごく新鮮で、新しい世界が広がっていたよ。
たくさん会いに行ったことも、後悔なんてしてない。
あなたの最後のステージに立ち会えなかったのは、きっと運命だったんだと思う。
私の中にある、最後に見た伊織くんの記憶は、いつものかわいい笑顔で笑ってるまんまだ。



「絶対大丈夫」なんて言えない世界に、大切な10代の6年間も費やしてくれたことに感謝してる。
私に、夢をみさせてくれてありがとう。




一年経って、自分なりのけじめとしてこの文章を書いてみた。
好きな人が、見えるところにいてくれて、ステージに立っていてくれて、そのための努力をしてくれて、時間を費やしてくれて、笑っていてくれるなんて、ホント奇跡みたいな話。そう思えるようになったのは、間違いなく伊織くんのおかげです。
だからこそ、今残っている仲間たちの、この一瞬を、片時も目をそらさずに、精一杯応援していきたいと思う。






私は、関西ジャニーズJr.の吉野伊織くんが、大好きでした。

伊織くん、ジャニーズに入りたいって思ってくれてありがとう。
たくさん笑ってくれてありがとう。
がんばってくれてありがとう。
6年間、好きでいさせてくれてありがとう。
たくさんの楽しい思い出をありがとう。

生まれてきてくれて、ありがとう。

もう、直接は言えないけど。
これからもずっと、応援しています。
関西ジャニーズJr.だった伊織くん、ありがとう。さよなら。
大好きだったよ。





きっとこれが、伊織くん宛の最後のファンレター。
2017.08.31 紗英